お侍様 小劇場 extra

    “夏の庭にて” 〜寵猫抄より
 


作家せんせえの住まう島田家の庭先は、
以前の住人がよほどに花好きだったか様々な株が揃っており。
春には梅が、初夏には紫陽花が、秋には楓がという
オーソドックスなものからちょっと通人好みなものまでと、
庭いじりが好きな者はなかなかに魅力に満ちたところでもあって。
今時には、フヨウアオイやサルビアに、
茎のすらりと長いアガパンサス、別名“紫君子蘭”が
やはり長い葉の株の中から数本、
背伸びをするようにしゃんと立ってほころんでいる。
七郎次が植えたものではなく、
だが、彼にはお気に入りの花でもあって。
梅雨時から夏までの間にお顔を覗かせるのが、
彼にとっても楽しみの一つ。
今年も七つも大きなつぼみが付き、
台風の接近にははらはらしたものの花の形のせいで守りようもなくて。

 “ああ、無事でよかったvv”

強い雨や強風にも負けず、見事な花が開いたことへ、
胸を撫で下ろした敏腕秘書殿。
それからはいつものこととして、
花があるうちは窓の外へまずはと目をやるのが習慣になっておいで。
淡い金の髪を涼しげに束ね、
白いうなじをすっきりと見せている彼こそが、
蘭やキスゲどころじゃあなくの麗しい存在だと、
こっそり目を細めておいでの御主様なのはここだけのお話だったけれど。(笑)

 「久蔵〜、クロちゃ〜ん。」

まだまだお若く、お元気な秘書殿なれど、唯一の苦手が夏の暑さで。
気温が増すこのごろは、外に長時間いることへの禁令が出るくらい。
庭の手入れも、朝の涼しいうちだけと勘兵衛から言われており。
そうともなると、働き者の彼としては昼以降がやや暇となる。
だがだがここ数年は、そんな退屈を埋めて余りある毎日を送っており。
そのお相手がいるはずのリビングへと足を運べば、

 「…お。」

まずは、フローリングの一角、陽の薄く当たっているところで
コロンと転がってお昼寝中のつややかな黒い仔猫に目が留まる。
育たない種の子であるものか、
やや不思議な存在の久蔵ちゃんと同じでいつまでも幼い風貌の黒い彼は、
日頃は兄貴分の久蔵と無邪気に駆け回って過ごしているが、

 「…寝るのが仕事、だもんねぇ。」

ぐっすり眠っているものか、すぐ傍らまで歩みを進めても起きださない。
そうなるとちょっぴり濡れた鼻の頭以外、
どこがどこやらという均等な漆黒に覆われてしまう彼だけど、

 「…みゅう?」
 「あ、ごめん。」

さすがに気配が届いたか、
まだまだ子供という証、青みを帯びた双眸をうっすら開いたおちびさん。
とろんととろけそうな様子なのへくすすと笑い、
小さなその身をそおと手のひらへと掬いあげる。
ほわんとした温みが愛しくて、
最近ではこちらのおちびさんへも向けている
“惚れてまうやろ〜vv”の身もだえを繰り出しそうになったのだけれど。


 「ねえ、クロちゃん。久蔵はどこ?」

訊いたところで通じないかと
訊いたそのまま苦笑をしかかった七郎次だったが、
窓の外、ひときわ強い風が吹いたか、
草木や茂みが一斉にざわさわと声を上げた。

 「あ…。」
 「みゃ。」

その声につられて庭先を見やった一人と一匹、
そこからだとウッドデッキテラスの広がる窓の外に、
探していた小さな影が見つかった。
ふわふわな綿毛をやはり風に巻き上げられながら、
小さなメインクーンの仔猫が一匹、
七郎次の気に入りの君子蘭を興味津々とい様子で見上げておいで。

 「ありゃまあ。」

そういえばと七郎治が思い出したのが、
麗しいアガパンサスは、
だがそのフォルムが仔猫をじゃらすおもちゃによくある、
バネの利いた鋼の先に小鳥がついてるあれにも似ている。
なので、好奇心も旺盛で、ついでに行動力も満々な久蔵ちゃんが、
じゃれつくおもちゃとして目をつけないはずはなく。

 「う〜ん。」

お気に入りの花には違いないけれど、
花も仔猫も自然の存在。
出会ってしまった巡り合わせも含めて
風に遊ばれるのと同じことかも。
お気に入りのお花には悪いけど、
口出し手出しは出来ないと黙って見ておれば、

 ざあっ、と

どこからともなく吹き付けた、強い一陣の風があり。
それにあおられた小さなキャラメル色の仔猫さん。
七郎次にはそう見える、金の髪をした小さな坊や、
わあと慌てたお顔と、風を孕んだ綿毛ごと、前へと吹き飛ばされかかり、

 「あらあら。」

すてんと転げた坊やを助けに、
やさしいおっ母様と小さなお友達が
大急ぎという態にて飛び出してゆき。
たまたま書斎の窓から一部始終を見ていた作家せんせえに苦笑を誘った、
夏の庭先での可愛らしい一幕でした。




   〜Fine〜  15.07.25.


 *いやはや、何とも慌ただしい夏というか梅雨ですね。
  台風が早めに来るのももはやデフォなのかなぁ。
  こちらは雨で涼しかった大暑でしたが、
  それが明けた昨日今日は、すっかりと猛暑でげんなりくんです。

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